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【2018/11/17 20:48 】 |
大阪府八尾市発!セスナ機で見る大阪の巨大古墳体験ツアーに参加した。
移動しました。
https://kofuntanhou.blogspot.com/2018/08/blog-post.html

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【2017/01/29 19:12 】 | 古墳 | 有り難いご意見(0)
山梨古墳の旅~図らずも逃げ恥じの聖地巡りになってしまったけど偶然なんです~
山梨古墳巡りの旅。


2016年11月に所要で山梨まで行くことになったのでかねてから目をつけていた新選組関連の史跡と古墳を巡ってきました。

1日目

勝沼ぶどう郷駅からの眺め。
  
大善寺の本堂

ここには勝沼ぶどう郷の始まりのぶどうをもった薬師如来がいます。
ここが山梨県ぶどうの始まりの地らしい。
ぶどう栽培は最近になってからと思っていたのですがだいぶ昔から行われていたそうです。
むかしぶどうは薬として使用されていたそうな。

逃げ恥 第3話のロケ地となったそうです。

庭園


ここには慶応4年、新選組近藤勇改め、大久保大和が率いる甲陽鎮撫隊が陣を置きました。

板垣退助ひきいる新政府軍に占領された甲府城を奪還するためです。
(本当は新政府軍より前に入城する予定が、行軍途中で人を集めたり宴会をしていて遅れた、、、。)

この時点で新選組の命運は決まっていたと言っても過言ではないでしょうか。

大善寺に陣を置きたかった近藤ですが、寺には徳川家由来の寺宝があるとして諦め山門付近に滞在したとのことです。

大善寺山門

3月6日 正午に始まった柏尾坂の戦いは、わずか2時間で決着し、幕府軍は敗走。

 大善寺から徒歩5分の所に近藤勇の像があります。

こんな像を建てるということは山梨の方々は徳川贔屓ですかね?


像の横には坂があり川へと続いています。

周りが山に囲まれているのでこの当たりが決戦の地となったのではないでしょうか。
   




山梨2日目

八代ふるさと公園内にある岡・銚子塚古墳。
ここも逃げ恥ロケ地だそうです。
古墳の墳頂で愛を叫んだとかいないとか。
岡・銚子塚古墳 地元民の間では「ちょうしっぱら」とよばれ親しまれているそうです。


見事な整形美人。。
甲府盆地が一望できる素晴らしい景観。
ロケ地に選ばれるのもわかります。
大善寺からちょうしっぱらまでは車で20分程度です。


岡・銚子塚古墳の向かい側にある盃塚古墳。
もりっとして可愛らしい古墳です。


ここから車で15分のところにある曽根丘陵公園へ向かいます。
この公園は山梨県立考古博物館も併設された公園です。
敷地内には古墳の他に遺跡や周溝墓の跡も見つかっているそう。

出会った順にご紹介。

東山北遺跡と2号方形周溝墓


勾玉のオブジェ・・・


東山南遺跡 面影は・・・ナイ


稲荷塚古墳 円墳


鍋弦塚 中世の蔵骨壷を埋葬した墳墓

 
もう一つの山梨にある甲斐銚子塚古墳


いや見事


銚子塚古墳の隣りにある丸山塚古墳
山梨県内最大の円墳です。

配置が岡・銚子塚古墳と同じですね。
前方後円墳の隣に円墳。


カンカン塚(茶塚)古墳 たぶん。
看板でていないですが園内の地図の順番からしてこちらがカンカンだと思う。



盃塚古墳 たぶん。
看板でていないですが園内の地図の順番からしてこちらがカンカンだと思う。



園内の地図によると大丸山古墳というのがあるはずなのですがぐる~と回ってみたのですがどうにもこうにも認識できませんでした。
道路から見て、これかなーー?と思う山はあったのですが結局はっきりとは分からず悔しい・・・

別件で山梨に来ていたので時間もなく終了。
また来たいところです。
山梨。


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【2017/01/09 14:14 】 | 古墳 | 有り難いご意見(0)
奈良旅 二日目 キトラ古墳に会いに行く

キトラ古墳天文図公開に行く
なら旅二日目

高松塚古墳→キトラ古墳→都塚古墳→石舞台古墳→岡寺→岡本寺→橘寺→

いよいよ復元されたキトラ古墳と対面です。
の、前に集合時間より早めに飛鳥へ行き電動自転車を借ります。
飛鳥は奈良市街以上に坂が多いですからね。
先ずは高松塚古墳




集合場所を勘違いしていまして、飛鳥歴史公園、と書いてあったのでてっきり高松塚にある資料館に集合かと思いきやキトラの方でした。

集合時間5分前に受付のおねえさんに教えて頂きキトラへ猛ダッシュ!
高松からキトラへまさかの10分で到着。
ちょっと遅刻しましたが間に合いました。ぎりぎりセーフ。
電動アシスト付きでなかったらあの坂はマジ、ゾッとしますわ。
電動にしておいて良かった~~~~


1班の持ち時間は10分。毎年(?)実施されている修復壁画公開も毎回そんなもんなのでまぁそんなものかと。
長いと取るか短いと取るか。
以前、上野の博物館に高松塚とキトラ古墳の壁画が来た時は一時間並んで見られるの一瞬かよ!と係員にクレームが殺到したと、某筋から聞きましたが、じゃぁ東京から三時間半かけて飛鳥まで行ったら良いよ。10分見られるから。
と教えてあげたかったですな。

天文図本邦初公開。
もちろん写真撮影禁止。
感想は、「思ったより小さい」
しかし綺麗に残っている。修復したせいもあると思いますが赤い線や金の星が見事に残っている。
どこまでが修復でどこまでがそのままなのだろう・・?
まぁでも洗浄とか貼り合わせはしたとしても、描き加えたりはしないだろうから、キット綺麗に残っていたのでしょう

資料館を見学

復元されたキトラ古墳へ。

やっと会えました。
過去訪れた時はこんなだったのに・・

沢山の観光客が来ていました。
広い駐車場が合って大型バスが何台か乗り付けていました。
スタッフの方が「今日はもう満車だよー」って言っていました。
まだ朝の10時なのに。
折角なので話題になった都塚古墳へ。
キトラ古墳への道以上の坂。

ここが階段ピラミッドで話題になった都塚古墳!

すっかり戻って発掘が行われた形跡も階段の形跡もありません。


で、都塚古墳からは石舞台古墳が近いのでよることに。
(※石舞台古墳のリンクを貼ろうとして気がついたのですが石舞台のwebつくっていなかった。。
完全に作るの忘れていました・・。)




石舞台から近い岡寺へ。
ここは山の中野ひっそりとしたお寺でとても良い雰囲気です。
本気の巡礼者の方が何人か見えていました。


山から降りて、岡本寺へ。


そして橘寺へ。
聖徳太子が生まれた寺だった気が・・?



橘寺すぐ近くの河原寺跡。


平地にある菖蒲池古墳


小屋の中を覗くと石室と石棺が見えます。
国指定の史跡です。
横穴式石室を持つ方墳です。
7世紀頃と考えられているので割りと新しめです。
皇族関係の陵候補地なのでしょう。
天皇陵で良くみる「あの」看板が建っていました。


近くの植山古墳へ。
公園になっているとの情報でしたが、、、入れず。
公園中に黄色いロープが張ってあって姿をちら見することさえできなかったよ。
次回の楽しみにとっておこう。


孝元天皇陵(剣池嶋上陵)に治定されている古墳へ。
ここまで来ると飛鳥ではなく橿原です。
電動自転車ホント楽。



奈良の天皇陵によくいる白鷺もやっぱり居た。
階段を上がると拝所へでます。


孝元天皇は第七代天皇。
「古事記」「日本書紀」共に系譜には載っているものの実績の記述がなく「欠史八代」のうちの1人。
異母兄弟に倭迹迹日百襲姫がいる。
倭迹迹日百襲姫といえば古代史好きなら「おっ?」っとなるお方ですね。
倭迹迹日百襲姫の墓とされている箸墓古墳が卑弥呼の墓ではと噂されている方です。

ということはこの古墳は3世紀から4世紀のものなのか?
とおもいきや実は前方後円墳ですら無いかも知れないとのこと。

時代が古くなればなるほど曖昧になる埋葬者。
しゃーない。

では、自転車を返さないと行けないので飛鳥へ戻りつつ見瀬丸山古墳へ。

もう、とにかくでかい!
でかすぎてパノラマで撮るとなんかちっさく見える。
でかすぎて気が付かず半分くらい素通りしましたから。
山ですよ。


後円分

墳丘長さ318m
高さ21m
築造時期 6世紀後半

畝傍陵墓参考地
奈良県では最大、全国でも第6位の規模の巨大古墳。
6世紀でこの規模はちょっと無いんでは無いでしょうか??

全国6位の規模を誇りながらも陵墓参考地なので自由に近づけます。
この規模でここまで自由に近づけさせてくれる古墳は初めてですよ!
多分今までで触れた古墳の最大は群馬県 天神山古墳の200mオーバーが最大だと思います。

いや、こーふんした。
久々に一人で騒ぎましたわ。

 


なら旅はここまで。
いや、2日みじかいなー
しかし飛鳥だけでも何回来てもまだ全部見られない。

奥が深いなら。

また来ます。



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【2016/11/27 22:24 】 | 古墳 | 有り難いご意見(0)
奈良市内を巡る 2016 10月
キトラ古墳の天文図が初めて公開されると言うので奈良に行ってきました。
前日から奈良入りし、奈良市内の古墳を巡りました。

聖武天皇陵→仁正皇后陵→元明天皇陵→元正天皇陵→ことのまあかり→開化天皇陵→依水園(東大寺)→元興寺→大乗院庭園→ならまち庚申堂→福知院→プチマルシェ(古墳ケーキ)

奈良駅から坂を上がり(結構つらい)高台に位置する聖武天皇陵へ。
さすが見晴らしの良い所に眠ってらっしゃる。
 
言わずと知れた東大寺を建立した方です。
全国に国分寺・国分尼寺の建立も命令した方ですね。
確か。

聖武天皇陵のすぐとなりには仁正皇后陵。
聖武天皇よりやや小ぶりでしょうか?




聖武天皇料から元明・元正天皇陵へ行く途中に眉間守遺跡があります。
といっても、遺跡あと、という感じ。


聖武天皇陵からさらに坂を上がり、こちらが元明天皇陵。

第43代天皇。
女帝です。

天武天皇と持統天皇の子供である草壁皇子の正妃で、天智天皇を父に持ちます。
文武天皇とすぐとなりに陵がある元正天皇の母です。

藤原京から平城京に遷都しました。

そしてこちらが元明天皇の子である元正天皇の陵。


奈保山西陵(なほやまのにしのみささぎ)
第44代天皇。
女帝です。
美貌の女帝としても有名です。

草壁皇子と元明天皇の子です。
それまでの女帝が皇后や皇太子妃であったのに対し、女性で、独身で即位したのは元正天皇が初と言われております。

一気に坂を下り奈良の中心地へと降りて行きます。
時間はちょうどお昼時。
お腹が減りました。

近鉄奈良駅から徒歩5-10分程の繁華街に位置する「ことのまあかり」さんにお邪魔しました。
アイスコーヒー(古墳珈琲終末期)と季節のコンフィチュール二種がついたパンケーキを頂きました。

古墳に関する雑貨が並んで、ここに来れば古墳グッズをまとめてかうことができるんですね~。
落ち着いた空間。

食事中に何組か来て熱心に古墳グッズを眺めては購入されていきました。

古墳ファンが集まるお店なんですね。


※お店の方の許可を頂いて撮影・掲載しております。

腹ごしらえの後はすぐ近くの開化天皇陵へ。
開化天皇陵の隣に位置する漢神社。
漢氏(あやうじ)関連の神社でしょうか?



開化天皇陵は市街地のど真ん中にあります。
四方を住宅やら建物に囲まれているので見える部分は少しです。



折角市街地に来たので有名度ことも回っておこうと、依水園へ向かいます。
東大寺のすぐとなりです。

前園
江戸時代1670年台に御用商人である清須美道清がつくったそうです。

後園
明治時代に実業家の関藤次郎が増築したそうです。




依水園の入り口からは春日山(と思われる)を臨むことができます。


元興寺


南都七大寺の1つに数えられる
蘇我馬子が飛鳥に建立した、日本最古の本格的仏教寺院である法興寺がその前進だそうです。
平城遷都にともない蘇我氏の寺から官大寺にかわり(多分、民から官へ変わった的な?)、新築移転されたのが、元興寺です。

元興寺の近く。
奈良ホテルの隣りにある大乗院庭園。




依水園よりは小さいですが人が居なくて良い庭園でした。

元興寺のおひざもと「ならまち」へふらっと。
若い人が結構歩いていましたね。
風情あふれる古民家が並びます。

ならまちのシンボル「庚申堂」

 

福智院
なにも知らずふらっと歩いていたら「重要文化財」の文字が目に入ったので立ち寄ってみました。



本尊の地蔵菩薩坐像は、像高2.73mの大作で、光背にも
千体地蔵を表しています。
光背に多数の化仏を表すことは他には例がなく、日本で唯一(世界で?)の仏像ということです。
なんとなーく入ってみたのですがまさに唯一無二の地蔵菩薩様に会えるとは・・。
奈良恐るべし

ふらふらと 立ち寄った先に 唯一無二 (字あまり)

一通り観光も終わり、予約したあの品を頂きに参ります。
その名もプチ・マルシェ
前から行きたかったんですよ。
人気の古墳ケーキは要予約ということで奈良行きが決まってから速攻予約しました。


店内で頂きました。
SNS用に埴輪や土偶の小物も用意してくださって。
遊び心がにくいというか古墳マニアのツボを心得ているというか・・・
土偶はマスター曰く「時代考証があってないのはわかっているが雰囲気を出すためにあえて入れてある」とのこと。

勾玉クッキーも予約してありました。
これはおみやげとしてもって帰りました。

一日目終了。
明日はいよいよ飛鳥でキトラ古墳の天文図と対面です!

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【2016/11/27 19:47 】 | 古墳 | 有り難いご意見(0)
陵印をゲットしにいく
世間がポケモンGOでモンスターを集めているので、負けずに陵印を集めに行きました。
陵印は5箇所で押すことができます。

宮内庁多摩陵墓監区事務所(東京)
宮内庁畝傍陵墓監区事務所(奈良)
宮内庁桃山陵墓監区事務所(京都)
宮内庁月輪陵墓監区事務所(京都)
宮内庁古市陵墓監区事務所(大阪)

今回は東京の多摩陵墓へ。
新宿から約1時間。JR高尾駅で降ります。
高尾駅からは歩きで約20分。

陵墓がある地区は入り口以外は石の柵と鉄線で囲まれています。


はい到着。広い。
     

ここには大正天皇・貞明皇后・昭和天皇・香淳皇后のお墓があります。
明治天皇以前の陵は全て西日本にあります。

入場無料。
開放時間は9:00~16:00
入場は15:30まで。
印陵は15:00まで。

手水舎があります。

神社と同じ扱いなんですね。


広大な敷地に杉の並木がありこの日は30度超えの真夏日でしたが日陰に居ると涼しく、風もあり、動かなければ

心地よい環境でした。

一番奥の大正天皇のお墓。通称「多摩陵」。

鳥居の奥の階段から墓が始まっていると思いきや本体はあの階段を上がってからです。
階段の前には柵があり我々一般人は立ち入ることができません。
墳形は上円下方墳。
上円の方は細い灰色の葺石で覆われて居ます。
下方の方は大きな濃い灰色の石で覆われていました。
以前訪れた徳川慶喜の墓も、大きさは大分違いますが形状と葺石の具合は同じでした。


貞明皇后墓側からみた多摩陵。緑の部分は墓部ではなく只の台ですね。
しかし、どうなんでしょう。
台も含めての墓なのでしょうか?

おとなりにある貞明皇后墓通称「多摩東陵」


多摩陵とほぼ同じ形ですがこちの方が台が低くてよく見えます。
皇后のお墓は少し下げて築造したのですね。


少し離れて昭和天皇のお墓。通称「武蔵野陵」


多摩陵より台が低めですね。
多摩陵は階段の下まで行くとその姿がほぼ見えませんでしたがこちらはきちんと見えます。



香淳皇后のお墓。通称「武蔵野東陵」

こちらは武蔵野陵と台の大きさも墳丘の大きさも同じくらいのようです。



陵印ゲットだぜ。

右が多摩・多摩東陵印。左が武蔵野・武蔵野東陵印です。
天皇と皇后で一つの印です。
・・・・・どちらかが生きている間は印は作られないってことですかね・・?

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【2016/07/31 18:51 】 | 古墳 | 有り難いご意見(0)
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